東京地方裁判所 平成11年(ワ)8435号 判決 2000年9月29日
原告
【A】
原告
【B】
原告ら訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
吉澤敬夫
右訴訟復代理人弁護士
牧野知彦
被告
ダイナボット株式会社
右代表者代表取締役
【C】
右訴訟代理人弁護士
関根秀太
同
武藤佳昭
同
石村善哉
同
佐々木俊夫
同
伊藤毅
右補佐人弁理士
【D】
同
【E】
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、別紙目録記載の物件を製造し、輸入し、販売してはならない。
二 被告は、前項記載の物件を廃棄しなければならない。
第二事案の概要
本件は、単クローン性抗CEA抗体3に関する特許権を有する原告らが、被告に対し、「被告は別紙目録記載の体外診断用医薬品の輸入又は製造及び販売を行っており、これらは原告らの有する特許権を侵害するものである」と主張して、その製造、輸入及び販売の差止め等を求めている事案である。
一 争いのない事実等(括弧内で証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)
1 原告らは、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を共有している。
発明の名称 単クローン性抗CEA抗体3
出願日 昭和五七年六月三〇日
公告日 平成七年八月三〇日
登録日 平成九年三月七日
特許番号 第二一二七八〇四号
特許請求の範囲
「【請求項1】第1哺乳動物を最初の個体の癌胎児性抗原で免疫することによって、前記抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン性抗体を回収し、その際(イ)前記最初の個体の癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを前記第1マーカー抗原と反応する抗体の産生能を基準として選別し、(ロ)前記回収工程において、免疫した最初の個体以外の個体の癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた2種以上の抗原を選別用マーカー抗原として用いて、前記単クローン性ハイブリドーマを選別用マーカー抗原との反応性を基準として選別し、かつその際(ハ)正常糞便抗原2を第2マーカー抗原として用いて単クローン性ハイブリドーマを選別し、正常糞便抗原2と反応する抗体(抗体B)産生能をもつ単クローン性抗体を分離し、次に正常糞便抗原1を第3マーカー抗原として用いて正常糞便抗原1と反応する抗体産生能をもつ単クローン性ハイブリドーマを分離し、選別された単クローン性ハイブリドーマを培養して所望の抗体を得る工程からなる、癌胎児性抗原に対して特異性をもつ単クローン性抗体の製法によって得られた、癌胎児性抗原の個体非特異的な部分、正常糞便抗原1及び正常糞便抗原2との反応性を有するが、癌胎児性抗原の個体特異的な部分および非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない単クローン性抗体(抗体3)。」(以下「本件特許請求の範囲」という。)
2 被告は、「CEA・ダイナパック」なる体外診断用医薬品を製造販売している(以下、この医薬品と被告が輸入、製造、販売しているかどうかについて争いがある「CEA・EIAワンステップ」なる体外診断用医薬品をまとめて「被告製品」という。)。
二 争点
被告製品が本件発明の技術的範囲に属するかどうか
(原告らの主張)
本件発明は、製法によって特定された物の発明であり、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームとして、その技術的範囲は、具体的な製造方法を問わず、その物と同一性を有する物のすべてに及ぶ。
本件発明における物の製造方法は、ハイブリドーマから生産されること、抗原決定基に対して一定の反応特異性を示すことの二点を特徴づけているだけであって、物としての特徴を右の点以外に限定し特定するものではない。物の性質(反応特異性)を製造方法(選別方法)によって確認しているだけであるということができる。
被告製品は、ハイブリドーマから生産されるものであり、抗原決定基に対して本件発明と同じ反応特異性を示すから、本件発明に係る物と、物として同一である。
したがって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。
なお、本件発明の単クローン性抗体は、本件特許出願前には知られていなかったから、新規なものである。昭和五六年に刊行された原告ら共著に係る「癌胎児性抗原の免疫化学的性状」と題する論文は、抗血清(多クローン性抗体)に関するものであって、単クローン性抗体について記載されたものではない。(被告の主張)
以下の1ないし4のとおり、本件発明の実質は「方法発明」であり、製造方法の部分は、本件発明の必須の構成要件であると解すべきであるから、原告らが被告製品の製造方法について何ら主張立証をしない以上、被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。
1 本件特許出願前から、ヒトの消化器癌と胎児の消化器に含まれる抗原物質として、CEAの存在が当業者の間で広く知られていた。また、本件特許出願前から、CEAに存在する特定の抗原決定基に対してのみ特異的に反応する単クローン性抗体(単クローン性抗CEA抗体)を細胞融合及びクローニングの技術によって人為的に得る方法が知られており、当然、このような方法によって得られる単クローン性抗CEA抗体の存在も公知であった。
そして、本件特許出願前から、抗CEA抗体が、CEAだけでなく、正常組織由来の抗原に対しても反応することが知られていた。こうした抗CEA抗体との交叉反応性を示す正常組織由来の抗原(CEA関連抗原)も多数報告されており、非特異的交叉反応抗原(NCA)、正常糞便抗原1(NFAー1)、正常糞便抗原2(NFAー2)及び正常糞便交叉反応抗原(NFCA)などが知られていた。これらのCEA関連抗原はCEA上に存在している抗原決定基と共通の決定基を持っており、それゆえに抗CEA抗体との交叉反応性を有するのであるが、CEA関連抗原がCEAの抗原決定基のすべてを持っているわけではなく、その一部を共通にしていることも公知であった。したがって、これらのCEA関連抗原に特異的に反応する単クローン性抗CEA抗体が存在することも、本件特許の出願前から公知であった。
本件発明の対象とされる「単クローン性抗体3」と同様の反応特異性を示す抗体が存在し得ることは、昭和五六年に刊行された原告ら共著に係る「癌胎児性抗原の免疫化学的性状」と題する論文の記載から必然的かつ容易に予測することができた。
以上のように、本件発明の対象とされる「単クローン性抗体3」と同様の反応特異性を示す抗体は、本件特許出願前に公知であったのであるから、本件発明は、製造方法の部分による限定が働かないとすると、特許を受けることができなかったというべきである。
2 本件特許を含む原告らの五つの特許は、常法によって得られた単クローン性抗CEA抗体を、所定のCEA関連抗原及び第二CEAとの反応性の有無によって五つの類型に分類したものである。したがって、仮に本件特許を含む原告らの五つの特許において製造方法の部分による限定が働かないとすると、公知の単クローン性抗CEA抗体は、すべて例外なく、原告らの出願に係る右の五つの特許のいずれか一つの技術的範囲に属するという結果になってしまい、不合理である。
3 本件特許の出願明細書には「本発明は、CEA関連抗原を用いることによって、単クローン性抗CEA抗体産生能を有する単クローンを抗原との反応性の観点において選別し得るという知見に基づいている。」と記載されていることからも分かるとおり、本件発明には未知の抗原との反応性を示す新規な単クローン性抗体を提供するという「物」の発明の要素を見出すことは困難であり、むしろ、「選別」という方法の発明としての要素しか見出すことができない。
4 本件発明は、分割前の原出願の特許請求の範囲において、「・・・との反応性を基準として選別する方法によって製造された、癌胎児性抗原に対して特異的な単クローン性抗体。」とされ、単にある方法によって得られる物としてしか特定されていなかった。このことは、本件発明の本質が方法にあることを示している。
また、出願人は、分割前の原出願についての拒絶理由通知に対して、意見書を提出したが、その中で「前記のとおり、引例1-8は、方法で作られた物として特定された本発明の抗体1-5の特徴を明示も暗示もしていない」と記載しており、このことは、出願人自身が本件発明の実質的特徴が方法にあることを認めていることを示している。
第三争点に対する判断
一 事実認定
1(一) 証拠(乙一四)によると、原告らは、平成元年六月二三日付け手続補正書において、本件特許の原出願(以下「本件原出願」という。)の特許請求の範囲を次のとおり補正した。
「(1) 第1哺乳動物を第1癌胎児性抗原で免疫することによって前記抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン抗体を回収する工程からなる、癌胎児性抗原に対して特異的な単クローン抗体の製法において、
(イ) 前記第1癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを、前記第1マーカーと反応する抗体の生産能を基準として選別すること、および
(ロ) 前記回収工程において、前記第1癌胎児性抗原以外の第2癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた1種以上の抗原を第2マーカー抗原として用いて、前記ハイブリドーマを前記マーカー抗原との反応性を基準として選別することを特徴とする単クローン抗体の製法。
(2) 前記回収工程において、前記第1癌胎児性抗原、第2癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた1種以上の抗原を第2マーカー抗原として用い、前記ハイブリドーマによって産生された単クローン抗原を前記第2マーカー抗原との反応性に基づいて選別する、特許請求の範囲第1項記載の方法。
(3) 前記第1および第2哺乳動物の1種以上が、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヤギ、ウマおよびウシである、特許請求の範囲第1項記載の方法。
(4) 前記選別が、放射性物質で標識されたマーカー抗原を用いるラジオイムノアッセイ法によって行われる、特許請求の範囲第1項記載の方法。
(5) 第1哺乳動物を第1癌胎児性抗原で免疫することによって同抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン抗体を回収する工程からなり、その際
(イ) 前記第1癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを、前記第1マーカーと反応する抗体の生産能を基準として選別し、かつ
(ロ) 前記回収工程において、前記第1癌胎児性抗原以外の第2癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた1種以上の抗原を第2マーカー抗原として用いて、前記ハイブリドーマを前記マーカー抗原との反応性を基準として選別する方法によって製造された、癌胎児性抗原に対して特異的な単クローン抗体。
(6) 第1癌胎児性抗原との反応性を有するが、第1癌胎児性抗原以外の癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原の中のいずれの抗原との反応性も有しない、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体(抗体1)。
(7) 2つ以上の癌胎児性抗原との反応性を有するが、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原の中のいずれの抗原との反応性も有しない、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体(抗体2)。
(8) 2つ以上の癌胎児性抗原との反応性を有し、かつ前記の正常糞便抗原1および正常糞便抗原2との反応性を有するが、非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体(抗体3)。
(9) 2つ以上の癌胎児性抗原および正常糞便抗原2との反応性を有するが、正常糞便抗原1および非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体(抗体4)。
(10) 2つ以上の癌胎児性抗原、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原との反応性を有するが、正常糞便抗原1との反応性を有しない、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体(抗体5)。
(11) 抗血清の形状である、特許請求の範囲第5項記載の単クローン抗体。
(12) 第1哺乳動物を第1癌胎児性抗原で免疫することによって同抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン抗体を回収する工程からなり、その際(イ)前記第1癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを、前記第1マーカーと反応する抗体の生産能を基準として選別し、かつ(ロ)前記回収工程において、前記第1癌胎児性抗原以外の第2癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた1種以上の抗原を第2マーカー抗原として用いて、前記ハイブリドーマを前記マーカー抗原との反応性を基準として選別する方法によって製造された、癌胎児性抗原に対して特異的な単クローン抗体を標識抗体として用いることを特徴とする、放射性物質で標識された抗体を用いるラジオイムノアッセイによって、癌胎児性抗原および正常成人由来の関連抗原の濃度を測定する方法。」
(二) 証拠(乙一)によると、特許庁審査官は、原告らに対し、平成三年九月一〇日、右(一)のとおり補正された特許請求の範囲のすべてについて、次の(1)及び(2)とおり拒絶理由を通知したこと、右拒絶理由が記載された拒絶理由通知書には、備考として、次の(3)のとおりの記載があったこと、以上の事実が認められる。
(1) 特許請求の範囲第5項ないし第11項について
「出願前に頒布された刊行物に記載された発明と認められるから、特許法二九条一項三号に該当し、特許を受けることができない。」
(2) 特許請求の範囲第1項ないし第4項及び第12項について
「出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。」
(3) 備考
「(1) 特許請求の範囲第5~11項に記載された単クローン抗体は、引例1~8に記載された単クローン抗体と化学物質として区別し得ない。(製法の異同が直ちにその方法により製造される化学物質の異同には結びつかない。)
(2) 構造上類似している各種物質をマーカーとしてそれらとの交叉反応性を調べ、単クローン抗体を分類・選別することは当業者が通常行うことであるから、引例9に記載された各種抗原物質をマーカーとして引例1~8に記載されているような癌胎児性抗原に対する単クローン抗体を選別するようなことは、当業者が容易に行い得たことと認められる。」
(三) 証拠(乙二、乙一五の二)によると、原告らは、右(二)の拒絶理由通知を受けた後である平成三年一二月六日、手続補正書において、特許請求の範囲第1項を補正するとともに、第6ないし第10項、第12項を、それぞれ第2項ないし第7項とし、その余の項を削除する補正を行ったこと、原告らは、特許庁審査官に対し、同日付け意見書を提出したこと、右意見書には次のような記載があること、以上の事実が認められる。
(1) 「補正後に特許請求する抗体発明は、それぞれ別の特異性を持つ単クローン性抗体を本発明の方法で得られた化学物質として特定している。」
(2) 「拒絶理由通知書は、本出願の抗体発明と同一の発明が引例1-8のすべてに記載されていると認定しているが、そのような事実はない。前記のとおり、引例1-8は、方法でつくられた物として特定された本発明の抗体1-5の特徴を明示も暗示もしていないから、この拒絶理由は成り立たない。」
(3) 「拒絶理由通知書備考・・・の「化学物質として区別し得ない」(製法の異同が直ちにその方法により製造された化学物質の異同には結び付かない)は化学物質発明の特定の仕方(多項制)のことを述べているものと理解する。補正後のこの出願は製法の異同のみによって化学物質発明を特定していない。化学物質発明をいわゆる方法で作られた物の形式で特許請求することは認められている。」
(四) 証拠(乙一五の二)によると、特許庁審査官は、右(三)の手続補正書及び意見書が提出された後である平成四年三月五日、拒絶査定を行ったこと、右拒絶査定の理由が右(二)(2)記載のとおりであること、備考として、第2項ないし第6項にそれぞれ記載された発明は、別異の化学物質に関するものと認められ、併合することができず、第1項及び第7項にそれぞれ記載された発明に対しても、併合要件を満たしていない旨の記載があったこと、以上の事実が認められる。
(五) 証拠(甲一の一、二、乙四ないし七、乙一五の一、二)及び弁論の全趣旨によると、原告らは本件原出願を分割し、本件発明及び抗体1、2、4、5についてそれぞれ特許出願したこと、本件発明に係る出願は、平成八年一二月二日、特許査定され、同九年三月七日に特許として登録されたこと、以上の事実が認められる。
2 証拠(甲一の一)によると、本件特許に係る出願明細書(以下「本件明細書」という。)には、発明の詳細な説明の項に、次のように記載されていることが認められる。
「【0002】【従来の技術】CEAは周知の癌関連胎児性抗原であって、分子量約20万±8万、糖と蛋白質との比約1:1の、ある種の糖蛋白質である。癌抗原CEAがヒトの消化器のアデノカルシノーマに存在することは、Gold及びFreedmanによって報告された〔J.Exp.Med.,121,439(1965);ibid.,122,467(1965)〕。CEAはその血中濃度をイムノアッセイによって測定し、これを癌組織の存在及びその消長を示すマーカーとして臨床的に癌の診断及び治療や各種の基礎医学研究に用いられており、その有用性及び重要性は周知である。しかし、ある種のCEA関連正常抗原が存在しており、これらはCEAと免疫学的交叉反応性を有しているので、CEAの癌特異性が不明確になっている。
【0003】この種のCEA関連抗原の例は、非特異的交叉反応抗原(以下NCAという)及び正常糞便抗原(以下NFAという)である。NCAは分子量約8万±3万、糖含量約40~60%のある種の糖蛋白質で、例えばヒトの肺や脾に存在している〔Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,69,2492(1972)〕。次にNFAはさらにNFA-1、NFA-2及び正常糞便交叉反応抗原(以下NFCAという)に分類される。NFA-2は分子量20万±5万、糖と蛋白質との比約1:1のある種の糖蛋白質で、その抗原性及び理化学的性状はCEAと極めて類似している。NFA-1及びNFCAはNFA-2の分解産物であると思われる。NFA-1は分子量約2~3万、糖含量約13%の小分子抗原であり、NFCAは分子量約8万±3万の1種の糖蛋白質である。他に、ヒトの正常糞便中に糞便非特異的交叉反応抗原(以下f-NCAという)という抗原が存在している。f-NCAの抗原性は前記のNCAと実質的に同一で、CEA、NFCA及びNFA-2と交叉反応性を示す。従って、ヒトの正常糞便中には、本発明の目的に関係のある4種のCEA関連抗原が存在している。
【0004】癌マーカーとしてのCEAの有用性を改良するために、CEA関連抗原とCEAとを正確に識別しなければならない。このために、CEAの抗原決定基に対して明確な特異性を有する抗CEA抗体の提供が従来試みられている。しかし、公知の各種の多クローン性抗体には、反応特異性が不明確であるという共通の欠点がある。すなわち、これらの多クローン性CEA抗体は、各種の抗体の混合物であって、CEA分子上の多くの抗原決定基のほとんど全部と反応性を有している。この欠点をなくするために、各種の単クローン性CEA抗体が重要視されている。その理由は次のとおりである。
【0005】(1) 細胞融合という常法によって得られる単クローン性CEA抗体は、唯一つの抗原決定基に対してのみ特異性を有しているから、抗原との反応性が均一であろう。
(2) 単クローンの増殖によって、所望の均一性をもつ多量の抗体が得られるであろう。
(3) 多種類の単クローンを得ることができる。これらは全体として、公知の多クローン性抗CEA抗体と同様に広範囲の特異性を持つであろう。このようにして、単クローン性抗CEA抗体の製造が、例えば次の文献にあるように試みられている。
Accolla,R.S.etal.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,77,563(1981):Mitchell,K.F.,CancerImmunol,Immunother.,10,1(1980):Rogers,G.T.etal.,Br.J.Cancer,43,1(1981):Kupchik,H.Z.et al.,Cancer Res.,41,3306(1981)。
【0006】これら既報の単クローン性抗体の反応特異性は、次のとおりに要約される。
(1) Accollaら。2つのハイブリドーマから得られた抗体はNGP(NCAと同等であると思われる)と微弱に反応し、CEAと強く反応した。これらの2つの抗体とCEAとの反応には競合的阻害が見られなかった。各抗体はCEA分子上の別の抗原決定基と反応するようである。
(2) Mitchell。1つの抗CEA抗体が得られた。これはCEAと反応したがNCAと反応しなかった。CEAとの反応を多クローン性ヤギ抗CEA抗体で阻止できなかった。
(3) Rogersら。1つの単クローン性抗CEA抗体が得られた。これは腫瘍組織からのCEA標品と弱く反応したが、患者の血清中のCEAと強く反応した。
(4) Kupchik。9個のクローンのうちの1個の単クローン性抗CEA抗体が検討された。その反応特異性と多クローン性ヤギ抗CEA抗体と比較したところ単クローン性抗CEA抗体は、多クローン抗CEA抗体と反応するCEA分子のうちの1部のCEAとのみ反応した。
これらの公知の単クローン性抗CEA抗体の反応の特異性についてのより詳しい検索はなされていない。
【0007】この間に我々は、ある種のCEA関連抗原すなわち前記のNFA-1、NFA-2及びNFCAがヒトの正常糞便に存在することを見出し、これらの分離に成功した〔特開昭56-46819号、CancerRes.,41,713-720(1981)〕。さらにこれらのCEA関連正常抗原を用いてCEA分子の抗原構造を調べた結果、CEA分子上の多くの抗原決定基を、例えば次のとおりに分類し得ることを提案した。
【0008】(1) 個体特異的抗原決定基
免疫抗原として用いた個々のCEA標品にのみ見出される特異的な抗原決定基で、他の個体から得られたCEA標品には見出されないもの。
(2) CEA特異決定基
癌組織から得られたCEA標品に共通して見出される抗原決定基であるが、NFAやNCAなどCEA関連正常抗原には見出されない。最も癌特異性の高い抗原決定基である。
(3) NFA-1共通決定基
CEA、NFA-2及びNFA-1の3者に共通して見出される抗原決定基で、CEA分子上の主要抗原決定基の1つである。
(4) NFCA共通決定基
CEA、NFA-2及びNFCAの3者に共通して見出される抗原決定基で、これもCEA分子上の主要抗原決定基の1つである。
(5) NCA共通決定基
CEA、NFA-2、NFCA及びNCAの4者に共通して見出される抗原決定基で、CEA及び関連抗原に最も広く共通して認められる抗原決定基である。本発明は、我々がヒトの正常糞便から分離した上記のCEA関連抗原を用いることによって、単クローン性抗CEA抗体産生能を有する単クローンを、抗原との反応性の観点において選別し得るという知見に基いている。
・・・
【0013】本発明の単クローンを、例えば次のように常法によって得ることができる。免疫される哺乳動物は、例えばマウス、ラット、モルモットのような小動物でも、ウサギ、ヤギ、牛、馬のような大動物でもよい。動物を常法により免疫する。例えばマウスを、所与のCEA標品すなわち第1CEA20μgを含むフロイントの完全アジュバンドを用いた乳化液0.2mlの皮下注射によって免疫し、5週間後に食塩水0.2ml中の同量のCEAの静脈注射によって免疫する。3日後に常法により動物の脾及びリンパ節細胞を採取する。採取された抗体産生細胞と適当な腫瘍細胞〔例えばP3-X63-Ag8、6、5、3、(例えばP3-X63-Ag8-u1)、Sp2/0-Ag14,210,RCY3、Ag1、2、3など〕とを1×108抗体産生細胞/ml対1-2×107腫瘍細胞/mlの比で、すなわち5対1から10対1の比で混合し、常法により、例えばHVJ(仙台ウイルス)又はPEG(ポリエチレングリコール)を用いて融合する。HAT培地を用いて選別すると、正常細胞は死滅し、融合細胞が残存する。第1CEAと反応する抗体産生能の観点において、融合細胞を選別する。選別された融合細胞は抗CEA抗体産生能を有する融合細胞である。これを常法によりクローニングし、獲られた単クローンを、単クローン由来の抗体とCEA及びCEA関連抗原との反応性の観点から選別する。それ自体公知のイムノアッセイ法によって実用的に選別することができる。
・・・
【0016】本発明の方法によって得られる単クローン性抗体を、表1(本判決の別紙表1。以下同じ。)に示すように分類することができる。抗体1は、第1癌胎児性抗原との反応性を有するが、第1癌胎児性抗原以外の癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2及び非特異的交叉反応抗原の中のいずれの抗原とも反応性を有しない単クローン性抗体である。抗体2は、2つ以上の癌胎児性抗原との反応性を有するが、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2及び非特異的交叉反応抗原のいずれの抗原との反応性も有しない単クローン性抗体である。抗体3は、2つ以上の癌胎児性抗原との反応性を有し、正常糞便抗原1及び正常糞便抗原2との反応性を有するが、非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない単クローン性抗体である。抗体4は、2つ以上の癌胎児性抗原及び正常糞便抗原2との反応性を有するが、正常糞便抗原1及び非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない単クローン性抗体である。抗体5は、2つ以上の癌胎児性抗原、正常糞便抗原2及び非特異的交叉反応抗原との反応性を有するが、正常糞便抗原1との反応性を有しない単クローン性抗原である。実用的に、これらの単クローン性抗体は、抗血清の形状である。
【0017】表1において、正常成人糞便由来のCEA関連抗原NFA-2は放射性ヨード標識され、次に単クローン培養上清に加えられ、ラジオイムノアッセイが行なわれる。その結果、単クローン(クローンA、実施例1では約10株)と単クローン(クローンB、実施例1では約200株)が選別される。クローンAの産生する抗体AはNFA-2と反応しない。クローンBの産生する抗体BはNFA-2と反応する。抗体AはヒトのCEAと反応し、正常成人糞便由来のCEA関連抗原と反応しない。
【0018】1つ以上の第2CEA(実施例では4種)を用いて、同様の方法でラジオイムノアッセイを行なうと、クローンAからクローンA1(実施例1では8株)の産生する抗体1は、第1CEAと反応するが第2CEAと反応しない。クローンA2の産生する抗体2は第1及び第2CEAと反応する(実施例1では2株)。
【0019】同様の方法でNFA-1を用いて、NFA-2と反応する抗体を産生するクローンBを選別すると、クローンB1及びB2が得られる。クローンB1(実施例1では約70株)の産生する抗体3は、NFA-1及びNFA-2と反応する。クローンB2(実施例1では約100株)の産生する抗体B2は、NFA-2と反応し、NFA-1と反応しない。NFA-1の分子量は小さいが、抗原活性は強いので、実施例1では約70株のクローンB1が得られた。
【0020】f-NCAを用いて同様の方法でクローンB2から、クローンB2-1(実施例では約60株)とB2-2(実施例1では約40株)が選別される。クローンB2-1の産生する抗体4はf-NCAと反応しないが、クローンB2-2の産生する抗体5はf-NCAと反応する。
【0021】所望により、NFA-2以外の他の抗原をクローニングで得られたクローンの最初の選別に用いることができる。例えば、NFA-1を最初に用いることにより、産生される抗体とのNFA-1との反応性の観点から単クローンを選別することができる。」
二 原告らは、本件特許請求の範囲は、製造方法によって特定された物の特許についてのもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり、特許請求の範囲に記載された製造方法と異なる製造方法によるものであっても、物として同一であるものは、本件発明の技術的範囲に属するところ、被告製品は、物として同一であるから本件発明の技術的範囲に属すると主張するので、判断する。
1 解釈の指針
一般に、特許請求の範囲が製造方法によって特定されたものであっても、特許の対象は飽くまで製造方法によって特定された物であるから、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈する必然性はない。しかし、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき事情が存する場合には、特許の対象が当該製造方法に限定される場合があり得るというべきである。
2 本件特許請求の範囲の記載
(一) 本件特許請求の範囲は、「物の製造方法を記載した部分」と「物の性質を記載した部分」(癌胎児性抗原の個体非特異的な部分、正常糞便抗原1および正常糞便抗原2との反応性を有するが、癌胎児性抗原の個体特異的な部分および非特異的交叉反応抗原との反応性を有しない単クローン性抗体(抗体3)。)に分けられ、前者の「物の製造方法を記載した部分」は、更に「融合細胞の取得過程」(第1哺乳動物を最初の個体の癌胎児性抗原で免疫することによって、前記抗原に対する抗体産生能を有する細胞を産生させ、生じた細胞をこの哺乳動物から採取し、採取された細胞を第2哺乳動物由来のミエローマの株化細胞と融合させ、)、「単クローン性抗体の回収過程」(こうして得られた融合細胞をクローニングに付し、得られた単クローン性ハイブリドーマを培養し、得られた培養液から所望の単クローン性抗体を回収し、)及び「得られた単クローン性抗体の選別過程」(その際(イ)前記最初の個体の癌胎児性抗原を第1マーカー抗原として用い、前記単クローン性ハイブリドーマを前記第1マーカー抗原と反応する抗体の産生能を基準として選別し、(ロ)前記回収工程において、免疫した最初の個体以外の個体の癌胎児性抗原、正常糞便抗原1、正常糞便抗原2および非特異的交叉反応抗原からなる群から選ばれた2種以上の抗原を選別用マーカー抗原として用いて、前記単クローン性ハイブリドーマを選別用マーカー抗原との反応性を基準として選別し、かつその際(ハ)正常糞便抗原2を第2マーカー抗原として用いて単クローン性ハイブリドーマを選別し、正常糞便抗原2と反応する抗体(抗体B)産生能をもつ単クローン性抗体を分離し、次に正常糞便抗原1を第3マーカー抗原として用いて正常糞便抗原1と反応する抗体産生能をもつ単クローン性ハイブリドーマを分離し、選別された単クローン性ハイブリドーマを培養して所望の抗体を得る工程からなる、癌胎児性抗原に対して特異性をもつ単クローン性抗体の製法によって得られた、)に分けられる。
(二) 「物の製造方法を記載した部分」のうち「融合細胞の取得過程」及び「単クローン性抗体の回収過程」について
前記一2で認定した本件明細書の記載及び弁論の全趣旨によると、「物の製造方法を記載した部分」のうち「融合細胞の取得過程」及び「単クローン性抗体の回収過程」は、公知の技術であると認められる。
(三) 「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」と「物の性質を記載した部分」について
前記一2で認定した本件明細書の記載によると、CEA分子上には多くの抗原決定基が存在すること、原告らは、右CEA分子上の多くの抗原決定基を五種類(個体特異的抗原決定基、CEA特異決定基、NFA-1共通決定基、NFA-2共通決定基、NCA共通決定基)に分類し得ることを提案したこと、「物の性質を記載した部分」は、右原告らの提案に係る分類を前提とする反応特異性を内容とするものであること、以上の事実が認められる。
前記一2で認定した本件明細書の記載によると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、右の五種類の抗原決定基との反応特異性を確認する過程であって、「物の性質を記載した部分」によって、五種類の抗原決定基との一定の反応特異性を示すという要素により特定された単クローン性抗CEA抗体を、更に物の性質が異なるものとして特定するものではないということができる(この限度では、原告らの前記主張は、正当であるということができる。)。
3 本件特許の出願経過
前記一1の事実によると、本件特許は、本件原出願について、特許庁の拒絶査定を受けた後に、分割出願し、本件特許請求の範囲記載のものとして特許されたこと、原告らは、右出願過程において、「引例は、方法でつくられた物として特定された本発明の特徴を明示も暗示もしていない。」などと述べて、公知技術との方法の違いを強調していたこと、本件特許請求の範囲の記載は、本件原出願の特許請求の範囲の記載に比べて、「製法によって得られた」ことを明示するなど、特定の製法によるものであることを明確にする内容になっていること、以上の事実が認められる。
4 結論
本件原出願が行われた当時の特許法三六条五項は、特許請求の範囲について、「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」と規定していたから、本件特許請求の範囲の記載も、そのようなものであると解される。
しかるところ、原告らが主張するように、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、物の性質(反応特異性)を製造方法(選別方法)によって確認しているだけであるから、「物の性質を記載した部分」のみを充足していれば、本件発明の技術的範囲に属するとすると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は全く無意味な記載であるということになり、特許法三六条五項の右要件に適合しないことになる。
「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、「物の性質を記載した部分」とは別の意味を有するものと解さなければならず、そうすると、「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」は、「物の性質を記載した部分」で特定される物の具体的な製造方法を特定したものと解さざるを得ない。そして、そのように解することが、右3で述べた本件特許の出願経過にも適合するということができる。以上のとおり、本件においては、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき事情が存するということができる。
しかるところ、被告製品の製造方法が、本件特許請求の範囲中の「物の製造方法を記載した部分」の「得られた単クローン性抗体の選別過程」を充足することについての主張立証はないから、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
三 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 杜下弘記)
<以下省略>